ベトナムは、南北に細長い国土を持ちます。南北1,650km、東西600kmという細長い国土を、ベトナムでは米かごをつるす天秤棒に例えます。
ベトナムの国土の大半が、インドシナ半島に平行して南北に走るチュオンソン山脈の東側に属します。そのためこのチュオンソン山脈の影響で、山岳地帯では、降水量が4,000mmを超える場所もあります。
ベトナムは、北部は温帯性の気候、南部は、熱帯性気候下にあり、4月から10月までが雨期となります。
ケッペンによる気候区分では、北部は温帯夏雨気候、南部はサバナ気候に属します。
平均気温は、南部では冬1月16度、夏7月は29度であり、年平均降水量は1,704mmです。
一方南部は冬1月が18度、夏7月は33度です。平均降水量は1,000mmと比較的少ないです。
ベトナムの北端は中国に接しますが、南端は赤道近くにまで達し、北緯8度33分です。このため南西モンスーンの影響を受け、7月から11月までは、特に国土の中央部で台風の被害を受け易いです。
ベトナムの民族衣装、アオザイは、この国の高温多湿な気候に適した衣装です。
一般的に、上衣は風通しのよい一枚仕立ての綿です。
一方、下衣のズボンには透けそうな薄い布地が用いられ、身体のラインにぴったりとして、丈が長いものの、腰まで入ったスリットのため動きは颯爽としています。
太ると着られなくなってしまうアオザイをすらりと着こなしたベトナム女性は、暑い国で背筋をシャンと伸ばし、実にエレガントに風を切ってその美しさを振りまきます。
思わず、この国の暑さを忘れてしまいそうなすがすがしさです。
ベトナムは、国民の85パーセントから90パーセントを占めるベト人のほかにホア人(華人)が3パーセント、さらにタイ人、クメール人、ムオン族、メア族、モン(ミャオ族)、ザオ族、チャム族など、53の少数民族が暮らしています。
そのため、公用語はベトナム語ですが、そのほか、華語やクメール語もつかわれています。
宗教も多岐にわたり、大半は仏教(大乗仏教が主)に対し、道教、ローマ・カトリックなどがあります。またホアハオ経やカオダイ経が南部では優勢になりつつあります。
カオダイ経は、ベトナムの新興宗教です。5教といい、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム経の5つの宗教を土台としたことから「高台」(=カオダイ)と名づけられたのです。
教義はキリスト教的な要素をもち、聖職者の階級制度を採用するなど、キリスト教、特にカトリックの側面が見られますが、ベトナム古来の精霊崇拝的な要素も見られ、いかにも多民族多文化のベトナムらしい宗教といえるでしょう。
カオダイの信徒はアオザイを着用し、日に4回の礼拝を行います。聖人、使徒として、孔子、老子、釈迦、キリスト、ムハンマド、さらに李白やソクラテス、トルストイ、ヴィクトルユーゴーまでが登場します。
ホーチミンから北西に100kmほどいったタンニンにカオダイ経の総本山があります。信徒数は約100万から300万とも言われます。タンニンでは人口の7割近くがカオダイ経信徒といわれています。
今後、ベトナムの全土に広がり、ますますその勢力を伸ばしていくのかもしれません
ベトナム八月革命は、1945年8月にベトミンが行った権力奪取です。
ベトミンとは、フランス植民地からの独立を求めるために1941年に結成されたベトナム独立運動組織で、ベトナム八月革命の結果、ベトナム民主共和国が成立しました。
しかしフランス植民地主義のインドシナ復帰から、第一次インドシナ戦争へもつれ込むなど、血みどろの抗争となりました。
第一次インドシナ戦争が開始され、1954年のジュネーヴ協定によってベトナムの南北分断は固定され、フランスはインドシナから撤退したものの、冷戦は続き、米国が介入してベトナム戦争へと発展しました。
これは第二次インドシナ戦争とも呼ばれます。
南北が再び統一されたのは、1976年のことで、ベトナム民ス共和国はベトナム社会主義共和国に改名されました。
しかしその後、1979年にはカンボジア侵攻が開始され、再び戦争が始まります。
第三次インドシナ戦争の始まりです。中国との戦争(中越戦争)では、世界各国からの援助が停止され、ベトナムは孤立状態に陥ります。
その後、1986年にはドイモイ政策を開始しました。
その後、国内経済が疲弊し、ベトナムは中国との関係の正常化をはかります。
以後、1996年にはASEAN自由貿易地域に参加し、1998年にはアジア太平洋経済協力にも参加、2007年に世界貿易機構に正式加盟、2007年には国連総会で安全保障理事会の非常任理事国に初めて選出されるなど、国際関係へと大きく躍進しています。
国内総生産も安定して成長が続き、今まさにエネルギーに溢れて発展しつつあるベトナムです。
労働人口の66パーセントが第1次産業に従事しているものの、第二次、第三次産業も成長期にあり、観光業も急成長中です
チベット高原に源流を発し、中国雲南省、ミャンマー、ラオス、タイ、そしてカンボジアを通じてベトナムに抜ける大河が、メコン河です。
このようにある河川が複数の国家の領土にわたって流れるとき、それを国際河川といいます。
メコン河のほか、ヨーロッパ中部から黒海にかけてドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア・モンテネグロ、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナ
と、合計10カ国にまたがるドナウ川もその典型的な例です。
他には、ナイル川、ライン川などがあります。
メコンとは、タイ語で「メー」(メーナーム=川)、「コン」(=ワニ)を意味します。
雨期には水量が増して船の運航が難しくなり、また乾期には、逆に水量が減りすぎ、浅瀬が増えるためこれまた船舶の運航は困難になります。
メコン川のような国際河川では、沿岸の国が条約を締結し、どの国の船舶でも自由に運航できることになっています。メコン川の場合も、流域諸国が集まって協議し、メコン川の土砂を除去して貿易路を開く案が出されましたが、結局、この計画は頓挫しました。
除去しても、またすぐに土砂が堆積してしまうからです。
また、以前はメコン川の氾濫が肥沃な土壌をもたらしたものでしたが、近年、年に何度も氾濫が起き、周辺の農業に被害が生じています。
現在、メコン川の本流および支流域のタイ、ベトナムなどでは、日用品などの小規模な取引に限って行われています。
ハノイの東、約150キロメートルに位置するハロン湾はベトナムできっての景勝地です。
1994年にユネスコの世界自然遺産に登録されました。静かな海面に突き出した奇岩がその姿を落とします。
エメラルドグリーンの神秘的な海とその岩岩を見ていると、まるで絵画の世界に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えます。
ハロンとは、「龍が舞い降りる」という意味です。
その昔、中国からの侵略に苦しめられていたこの地に、龍の親子が舞い降り、口から噴出した宝玉が湾内の島々になり、村人たちを外的から守ってきたという伝説があります。
現在は無人ですが、新石器時代、今から約7,000前には人がわずかながらも住んでいたといいます。また海賊の隠れ家だった時代もありました。
海の桂林とも呼ばれるその幻想的な風景を織り成す奇岩群は、大小200あまりにも上ります。太陽の位置によってその景観は輝きをさまざまに変化させ、雨や霧がそれに言葉にならない趣ある雰囲気をかもし出します。
ユネスコの世界自然遺産の基準の7、8を満たしていることが認められています:
基準7:ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
基準8:地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
ベトナムを訪れたなら、ホーチミンの喧騒とエネルギーに洗われたあと、このハロン湾でしっとりとした情緒を味わってみるとベトナムの魅力にいっそうとりこになることでしょう。
ベトナム最大の商業都市、ホーチミン(旧サイゴン)は、ベトナムで今、最もエネルギーに溢れた街です。ホーチミンのタンソンニャット国際空港に降り立つと、行きかう人びと、バイク、むっとするような南国の風に圧倒されそうな気持ちになります。この町には、燦燦と照りつける太陽と人びとの溢れるエネルギーが充満すると共に、その歴史と伝統に培われた落ち着いた情緒も流れます。
どこか懐かしい郷愁が漂う、古くて新しい町、それがホーチミンなのかもしれません。
ドンコイ通り周辺は、有名なホテルや、バラエティ豊富でヘルシーな食事が楽しめるレストランがあり、観光客を楽しませています。
観光客に特に人気なのがアオザイのオーダーメイドの店。
ハイセンスな小物雑貨を並べる店先をそぞろ歩きながら、ショッピングをするのも楽しみです。
ベトナムはその歴史ゆえに、ヨーロッパとアジアの文化が微妙に融合し、繊細な独自の生活文化を作り上げています。
さほど規模が大きくはなくても、じっくりと見てみると、驚くほど優雅で、ハイセンスな品々に出会うことができるでしょう。
ホテルをはじめ、主要な観光スポットではフランス語、英語はもちろん、日本が通じるところが多いのも、日本人にとっての魅力のひとつでしょう。
この町を訪れたなら、統一会堂(旧大統領官邸)、ベンタイン市場、チョロン(チャイナタウン)、クチ(地下トンネル)、戦争証跡博物館を訪れてはどうでしょう。
またミトーメコン河のクルーズも大きな思い出となるでしょう。
ベトナムの北部、中国との国境に近いバック・ハーには、少数民族のモン族が暮らしています。
ミャオ族とも呼ばれますが、ミャオというのは、中国の漢民族がつけた名称であり、ミャオ族の方たちのなかには「ミャオ」という呼称を嫌う方もいます。
中国をはじめとして、タイ、ミャンマー、ラオス、そしてベトナムと、歴史上移住を繰り返してきた 流浪の民です。
ミャオ語を話し、その独特の華やかな衣装は日本でも人気です。
ベトナムに住むモン族は、中国における同化政策に抵抗し、19世紀に東南アジアのタイ、ビルマ、ラオス、ベトナムに移住していった人たちです。彼らの歴史はまさに流浪の歴史で、ベトナムがベトナム戦争の時期、ラオス建国当時にアメリカ政府はインドシナの共産化を防ぐためにモン族を雇い、戦略に使いました。
結果的に、モン族は敗北し、タイへと大量に流れました。
難民キャンプを経て、その後、2004年からアメリカ政府がモン族をミネソタ州に受け入れると発表し、30万人のモン族がアメリカへ移住したといいます。
中国のモン族の人口は増えつつあり、全体の人口の約半数は、貴州省に集中しています。タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムには200万人のモン族が住んでいます。
彼らはベトナムの多くと同様、米食文化ですので、ご飯を主食として、副食をあわせます。
漢族と似た料理もありますし、そばを作る食習慣もあります。
唐辛子を醤油の味付けで食べます。彼らの習慣には漢族の影響が強く、春節の祝いや、ハレの料理を用意したりします。
中国には、モン族の料理を出す専門店もあります。
メコン・デルタは、ベトナムの南部に位置し、ベトナムを構成する地方のひとつです。
メコン川下流の三角州を指します。
三角州というのは、河口付近に見られる地形で、枝分かれした2本(およびそれ以上)の河川と海に囲まれた三角形に似た形をしています。
世界の有名な三隠すは、ナイルデルタ、アマゾンデルタ、ドナウデルタ、黄河デルタなど、です。
デルタ地帯(三角州)は、河川の上流から流れてきた砂が堆積して形成されます。
河川からの十分な量の土砂があること、河口付近の海底が土砂を蓄積できる形態であること、さらに河口付近の潮流が土砂を侵食し過ぎないこと、といった条件が揃って形成されます。
上流から寄せられる肥沃な土砂が、農業に適しています。
アジアで三角州は水田に使用されています。
メコン・デルタも、肥沃な農地に恵まれ、稲作を中心として農業が盛んです。
しかしここでは、ベトナム戦争当時、メコン支流に拠点を置いたベトコン(南ベトナム解放民族戦線)とアメリカ海軍との戦闘が行われました。
メコン・デルタには、中央管轄市のカントーと以下の12の省が属しています。
メコン川とその支流を中心として広がり、面積はおよそ3万9000平方キロメートルにおよびます。
ベトナムの民族衣装アオザイは、18世紀に清朝からもたらされた宮廷服、チャイナドレスをモデルに作られました。
アオザイとは、「長い着物」を意味するベトナム語です。
現在でも正装として着用されていて、現在のような女性用のアオザイは、フランス領時代にデザインされました。
立ち襟で丈の長い衣装に身を包んだ女性の美しさは格別です。
背筋をシャンと伸ばして街を颯爽と歩くその姿はベトナムの女性美を象徴しています。
とはいえ、アオザイは何も女性だけの民族衣装ではありません。
男性用アオザイもあるのですが、しかし現在では結婚式で新郎が着用するか、そのほか伝統芸能で用いられる等に限られます。
そのためアオザイというと女性の姿を連想するのも無理はありません。
アオザイは、上衣は前合わせの立ち襟です。
これは「チャイナカラー」と呼ばれるスタイルで、長袖で、身体の線にそったスリムな仕立てが女性の曲線美をいっそう引き立てます。
丈は足首にまでかかるほどですが、深いスリットが入り、歩くのには不便しません。
スリットはなんと、腰骨にかかるほどにまで入っているのです。
上衣の下には下衣をつけます。白い長ズボンのようなものです。
普段、正装として着用されるアオザイですが、現在、ベトナムの多くの高校や大学では、純白のアオザイを女性の学生服に採用しています。
登下校時間になると、真っ白で、清楚な学生たちが町に溢れ、その優雅な美しさは観光客のみならず、町の男性人の目をひきつけてなりません。
ベトナムで是非、訪れたい美術館は、ベトナム歴史博物館とベトナム美術館です。
フランス植民地時代のファミーユ・ド・ジャンヌ・ダールという教会の寄宿舎を前身とし、1971年に美術館として開館されました。バルコニーのついた3階建てのフランス建築です。
ベトナム美術館は、チャンティン通りを西に向かい、グエンホック通りにあります。
ここは古来からの文化の中心地で、李朝時代の文廟が今もその姿を残しており、ベトナム歴史博物館は、この文廟の正面にあります。
見学は、3階からスタートします。ベトナムの諸民族の美術、封建王朝時代の美術、民間美術、手工業美術、近現代美術が順に展示されています。
この美術館の目玉は、黎朝期の16世紀~18世紀の展示物です。
木製の彫刻がメインとなっています。ハノイのタイフォン寺の十八羅漢の複製、ヴィンフー省のハー寺の観音像です。またこの部屋には、ディンと呼ばれる村の社の彫刻装飾も注目に値します。
ベトナムが分裂状態に陥ったこの時代に、自立性を高めた村に独自の木彫り文化が発達したのです。民衆的性格を帯びた彫刻は、人間生活の遊びをユーモラスに表現しているといわれます。
難しい説明は抜きにして、庶民の力強い生命力をこれらの展示物から感じ取ってみると、激動の歴史を生き抜き、今、エネルギッシュに発展するベトナムの底力から垣間見ることができる気がします。
ハノイを訪れたら、ベトナム歴史博物館とベトナム美術館を是非、訪れて欲しい。そのフランス建築のなかに納められたベトナムの歴史は実に興味深いものがあります。
ベトナムを訪れたら、是非、覗いてみて欲しい美術館、博物館が幾つかあります。
そのひとつが、ベトナム歴史博物館です。
八月革命後、1958年に元あった博物館を再開する形で開かれました。
ハノイの中心に位置するホアンキエム湖からチャンティエン通りを東へ進み、紅河の土手の近くまで行くと、右手に見えます。
独特の西洋建築です。フランス植民地時代に作られたルイ・フィーノ博物館がその全身となっています。
この歴史博物館は、年代順に石器時代から1945年八月革命までの各時代の歴史遺物を陳列しています。
この博物館の目玉は「ドンソン銅鼓」です。
紀元前1千年期にベトナム北部・北中部を中心に発達したドンソン青銅器文化の遺物で、青銅器製のドラム、ドンソン胴鼓は、ドンソン文化を代表する品といっていいでしょう。
ドンソン銅鼓は、F・ヘーゲルの分類では、最も古いⅠ型に属します。
その特徴は、膨らんだ頭部と細身の銅部分、すそ広がりの脚部の3つの明確に分かれているところです。また表面の装飾文様は豊富で綿密なことも注目に値します。
ドンソン銅鼓以外にもヘーゲルⅠ型に属す銅鼓が3つ展示されています。
ゴックルー、ホアンハ、ミエウモン出土の銅鼓です。
これら初期の銅鼓の他にも比較的年代が新しいものも出土、展示されています。
古い銅鼓にはなかったカエルの像が表面に施され、装飾の変遷を窺うと面白いでしょう。
銅鼓以外にも、李朝の仏教美術など、石の彫刻も展示されています。さらに二階中央部の黎朝のコーナーでは、17世紀の木彫仏の千面千手観音を見ることができます。
是非、訪れ、ベトナムの歴史をたどってみてください
ベトナムで、下半身がつながった結合双生児として産まれた双子の兄弟、ベトちゃんとドクちゃんは、ベトナム戦争時にアメリカ軍が大量に散布した枯葉剤の被害者として知られています。
兄はグエン・ベト君、弟はグエン・ドク君です。1981年2月25日に産まれました。
その姿は特に日本では、ベトナム戦争の被害のシンボル的存在となり、支援の声が高まりました。
兄のベト君が急性脳症となったことから、ふたりは分離手術を受けることになりました。
1986年のことです。
治療のために日本に緊急輸送され、東京の病院で手術が行われたのです。
ふたりとも死んでしまう事態を避けるために行われたのです。
手術後、弟のドク君は、障害児学校から中学に入学し、職業学校でコンピュータプログラミングを学んで、病院事務員となり結婚をしました。
兄のベト君を引き取り、夫婦で介護していたといいます。
しかしベト君は脳症の後遺症で最期まで寝たきりの状態で、そして2007年腎不全と肺炎の併発で亡くなったのです。
享年27(26歳没)でした。
彼らを悲劇に陥れた枯葉剤とは、除草剤の一種です。
収穫を容易にするために葉を枯らす薬品です。
ベトナム戦争でアメリカ軍が大量に散布した枯葉剤は、名目上はマラリアを媒介する蚊や蛭を退治するためとされました。
しかし実際には、ベトコンがジャングルに隠れないようにするためといわれています。
現在もアメリカ軍は枯葉剤と奇形児の出生との因果関係を否定し、戦後の補償も行っていません。
ベトナムの食文化には、この国の歴史的背景が大きく影響しています。
たとえば、ベトナムでは食事に箸やお茶碗を用います。
お茶を飲みますし、白いご飯を主食とします。
また、米粉や小麦粉で麺やお餅も作ります。
これらは、100年にわたりベトナムを支配してきた中国の影響です。
ただ、ベトナムでは基本的に米食文化であることから、麺類や春巻きも米粉を用いることが多く、そのため麺類は多少、柔らかめ・・・コシがないのが特徴といえます。
また、中国の影響はその調味料にも見られます。たとえば、魚醤(ヌックマム)です。これは小魚を塩漬けにして発酵させたものです。
調理方法も、炒める、蒸す、煮る、など中華料理の手法が広く取り入れられています。
一方、魚の料理方法については直火で焼く、というところが中華とは多少異なります。
これは日本料理やカンボジア料理でよく用いられる方法です。
一方、ベトナムの朝の風景で「フォー(麺)」と並んでポピュラーなのが、フランスパンに挟んだサンドイッチ。
こちらは、ベトナムが中国から独立した後、19世紀にベトナムに侵略し、3分割してベトナムを植民地支配したフランス統治時代の名残です。
フランス統治は、中国の支配と比べると短期でしたが、比較的最近であることもあってか、多くの食文化の影響を受けました。
それはフランス人がベトナムでプランテーション農業を展開させたことに原因があります。たとえば、コショウやコーヒー、香辛料などです。
ベトナムコーヒーにフランスパン、という風景は、ベトナムの田舎でも一般的に見られます。
ホイアンは、ベトナムの中部クアンアム省ダナン南方30kmにある古い港町です。
中国人街を中心に古い建築物が残り、1999年、「ホイアンの古い町並み」として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
☆登録基準2・5☆
基準2:ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
基準5:特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。
☆主な、建築物☆
●来遠橋(日本橋)・・・屋根付きの中国風だが、1593年に日本人が建設したと伝えられます。
●福建会館・・・1773年に建設された華人の会館。
●広肇会館(広東会館)・・・1786年に創建された広東系中国人の会館。
●海南会館
●潮州会館
●クアンコン寺(関帝廟)
●クアンタンの家(チャンフー通り77番の家)・・・約380年前に建てられた中国家屋。
●タンキーの家
●フーンフンの家
ベトナムのホイアンでは、毎月満月の夜に夜祭が行われます。
西日が落ちる頃に街角につるされた提灯には、明かりがともされ、メインストリート全体が柔らかなOCD連に色の光に包まれます。
道端には楽しそうな子どもたちの声や将棋や碁をうつ老人たちの姿を見ることができます。ホイアンの夜祭は、長年にわたりこの町で受け継がれてきたものです。
しかし、ユネスコに登録されたことで、この古い町並みで提灯にろうそくをともすことには火災を危惧する声もあります。
登録は重要なことですが、それにより町の人たちの伝統的な生活文化が失われることになったら・・・登録の意味をもう一度考え直す必要があるのかもしれません。
ベトナムの「子どもの家」を支える会、は、ベトナム中部の古都、フエ市においてストリートチルドレンの自立支援活動にあっているボランティア団体です。
当会は、元東京国立小学校教諭でいらした小山道夫氏の訴えに応えて1994年に発足し、活動を進めてきました。
小山氏は、1993年9月から1995年7月までフエ大学日本語講師を勤め、現在はベトナム「子どもの家」を支える会の代表として現地ベトナム・フエで活動を行っていらっしゃいます。
ベトナム・フエ「子どもの家」は、フエ市の中心の「王宮」の一角にあります。
ここの子どもたちは現在でこそ、元気いっぱいで弾けんばかりの笑顔ですが、彼らには忘れ得ないつらい過去があります。
現在、経済的にも急成長を遂げつつあるベトナムですが、今なお、貧困やストリートチルドレンの問題が山積しているのです。
日本では、これらの問題に対し、NIGOが活動をしています。
また学生らを中心としたボランティア活動、ボランティアツアーを企画し、ベトナムの現状を積極的に広く知ってもらうための活動も行っています。
山岳地帯の少数民族の村々を訪問する活動もあります。
これらの活動を通し、私たちはむしろ自分の生き方、生きることや幸せというものの本当の意味を学び、考えるきっかけを得られるかもしれません。
ベトナム「子どもの家」の連絡先:
JASS日本連絡事務所
〒279-0001 千葉県浦安市当代島 2-7-40-204
TEL 047-700-7650
FAX 047-700-7651
日本連絡事務所メールアドレス jass@pd5.so-net.ne.jp
JASSベトナム事務所 (THE OFFICE OF JASS)
運営委員長 Bao Minh(バオ・ミン)
12 CHU VAN AN HUE VIETNAM
TEL 001-010-84-54-828177
FAX 001-010-84-54-828087
ベトナム事務所メールアドレス koyamavn@dng.vnn.vn
会費及びカンパ等の振込先
●会費及びカンパ等の振込先は下記口座:
郵便局口座番号:00140-0-771965
加入者名:ベトナムの「子どもの家」を支える会
ベトナムには2006年において、ユネスコの世界遺産に登録されているものが文化遺産で3件、自然遺産で2件、複合遺産は0件で合計5件、および無形遺産が2件あります。
文化遺産
●フエの建造物群(1993年) ・・・フエはベトナム中部の都市。市内は香江をはさんで旧市街と新市街にわかれ、中心は新市街にあります。世界遺産の王宮南門、宮殿、帝廟などがあります。 |
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●ホイアンの古い町並み(1999年) |
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●ミーソン聖域(1999年) |
自然遺産
●ハロン湾(1994年、2000年) ・・・ベトナム北部、トンキン湾北西部にある湾の名称です。大小2000~3000の奇岩や島からなり、幻想的な景勝地をなっています。 |
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●フォンニャ-ケバン国立公園(2003年) |
複合遺産
なし |
無形遺産
●ベトナムの雅楽(2003年) ●ベトナム中央高原におけるゴングの文化的空間(2005年) |
ベトナム戦争は、その世界的影響を強く反映し、開戦当時から戦争を扱った映画が多数製作されました。
主にアメリカを中心としていますが、ドキュメンタリーの他、アメリカによる国威発揚のためのプロバガンダ映画も製作されました。
しかし戦争終結後は、アメリカ軍のベトナム帰還兵の苦悩や、アメリカの独善的な残虐行為を描いたものも製作されています。
また、映画の他にもテレビや漫画などにも多数素材を提供しています。
●映画
『フルメタル・ジャケット』(映画) 『プラトーン』(映画) 『地獄の黙示録』(映画) 『グッドモーニング, ベトナム』(映画) 『ディア・ハンター』(映画) 『フォレスト・ガンプ』(映画) 『ワンス・アンド・フォーエバー』(映画) 『ランボー』(映画) 『7月4日に生まれて』(映画) 『コウノトリの歌』(映画) 『カジュアリティーズ』(映画) 『イントルーダー 怒りの翼』(映画) 『戦場』(映画) 『タイガーランド』(映画) 『天と地』(映画) 『U.S.プラトーン』(映画) 『ワイルド・ブリット』(映画) 『ダンボドロップ大作戦』(映画) 『スクワッド/栄光の鉄人軍団』(映画) 『ハンバーガー・ヒル』(映画) 『ホワイト・バッジ』(映画) 『ジェイコブス・ラダー』(映画) 『84★チャーリー・モピック/ベトナムの照準』(映画) 『エア・アメリカ』 (映画) 『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』(アニメ) |
●テレビ
『サイゴンから来た母と娘』(ドラマ) 『グッドラック・サイゴン』(ドラマ) 『映像の世紀』第9集 『ベトナムの衝撃』(ドキュメンタリー) 『BLOOD+』(アニメ) |
●演劇
『ミス・サイゴン』(ミュージカル) |
●小説
『シャドー81』(小説) 『狩りのとき』(小説) |
●漫画
『Cat Shit One』(漫画) 『ヴェトナムウォー』(漫画) 『ザ・ベトナム』(漫画) 『ディエンビエンフー』(漫画) 『平和への弾痕』(漫画) |
●ゲーム
『バトルフィールド ベトナム』(FPS) 『Vietcong』(FPS) 『Men of Valor』(FPS) 『ELITE WARRIORS: VIETNAM』(FPS) |
●音楽
『VIETNAM』 (音楽) SOFT BALLET 『GOODNIGHT SAIGON』 (音楽)Billy Joel 『19』(音楽)Paul Hardcastle 『合唱組曲“IN TERRA PAX”』(音楽) |
ベトナム料理、と聞いて、皆さんはどのようなものを思い浮かべるでしょうか?
フォー(麺)や生春巻きが有名ですよね。
それを聞くと、ベトナムは麺類など、粉食文化の国のように感じられます。しかしベトナムの主食は私たち日本人と同じ「白いご飯」です。
そのため、ベトナムの家庭料理というのは、この白いご飯によく合う、「おかず」を意味するのです
。そのため、日本人の口に合う、なつかしい味がするものがたくさんあります。
ベトナムの町にはたくさんの屋台や食堂があります。
これは台湾などでも同様で、一般にこれらの外食をする人が多いのは事実でしょう。
しかし、やはり家庭での、特に夕食は彼らにとって大切な活力源であることの変わりはありません。
白いご飯に合うおかず、ということで、日本と同様、白いご飯と汁物、それに大小の副菜が2、3品というのが一般的です。
たとえば、次のような献立が一般的な例です。
●ご飯、卵のスープ、野菜と豆腐の蒸し物、魚の煮物、漬物
塩辛いものが多く、そこはやはり日本の食卓と似ているといえるでしょう。
フォーや生春巻き、青いパパイアのサラダ、揚げ春巻き・・・もちろん、これらはベトナムの代表的な料理であり、観光旅行などで訪れた際には是非、味わっていただきたいメニューです。
でも、それと同時に、家庭でお馴染みのもやしの漬物やかぼちゃの花の煮物など、素朴な味を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。
南北に細長いベトナムでは、中国に接する北部と、赤道に近い南部では食文化も異なります。
☆北部料理☆
北部料理は、塩辛さが特徴で、基本的には塩やしょうゆの味です。
お米の味が良いことから米文化が発達し、米粉の麺、フォーは、ハノイが本場です。
またハノイでは、犬の肉なども食べられますが、さほど頻繁ではありません。
北部料理で代表的な料理は、「ブン・チャ―」といって、焼肉と肉団子を入れたつけ麺です。
炭火の焼肉、肉団子、青いパパイヤが入ったヌクマムのタレに香草類をいれ、ブンをつけていただきます。
魚やエビを使った料理もあります。
炒めた魚を米麺の上に載せた料理が「チャーカー」です。
魚の切り身をターメリックで色づけします。デイルやねぎで香りを出したたっぷりの油で炒め、これを米麺の上に載せてタレをかけていただくのです。
タレは、マムトムというエビの発酵調味料から作ったものが使われますが、匂いがきつく、好みが別れます。
どうしてもだめと言う人は、ベトナムの万能調味料「ヌムマム」をベースとしたタレを出してもらうといいでしょう。
その他、ハノイで人気なのが、シジミのスープです。
シジミのだしに、デイルやスターフルーツをいれます。
☆南部料理☆
一方、南部の料理はその暑さゆえ、たっぷり砂糖を使用した甘い味付けが特徴です。
ライスペーパーを使った料理が多いのも特徴です。
たっぷりの香草類と肉、魚をライスペーパーで巻くのが人気の食べ方です。メコン川の恵みを生かした新鮮な食材を楽しめるでしょう。
生春巻きや揚げ春巻きが一般てきですが、やはり米粉をつかったお好み焼きのような「バインセオ」も美味しい一品です。
米粉と水、ココナッツミルクを混ぜるのが特徴です。
ターメリックで黄色に色づけ、パリパリに焼いていただきます。
なかにはエビ、豚肉、玉ねぎ、もやし、緑豆と、具材が豊富です。一口大に切って、香草類で巻いて食べます。
ヌクマムのタレにつけます。屋台などで気軽に食べられることから人気です。
また、ホーチミンで「ボッチン・ストリート」と呼ばれる通りがあるほど、人気なのが、「ボッ・チン」、揚げたお餅を卵で炒めた料理で、屋台で食べられます。
さいころ状の大きさの米粉の餅を上げ、炒めます。それに目玉焼きを載せて、青いパパイヤの千切りを載せるのがいかにもベトナム料理らしいですね。
ベトナムは、北は中国に接し、南は赤道近くにまで達する、S字状の細長い国です。
面積は日本の9割ほどですが、南北では気候が異なり、また国の東側は海に接しているのに対し、西側には山脈がそびえ、人びとの暮らし、特に食生活には大きな相違が見られます。
首都ハノイのある北部ベトナムは、夏は高温で湿度が高く、雨も多く降ります。
日本と同様に四季があり、冬は10度前後まで下がることからとても南国のイメージでくくることはできません。
北部は特にデルタ地域で稲作が盛んです。料理は、甘みを抑え、全体的に薄味の気がします。海に面した土地以外では、川魚も食卓にのぼり、タニシなどを使った料理もあります。中国の影響が強く、味噌や豆腐、麺が有名です。
中部地域は、雨季と乾季があります。料理は塩気や唐辛子のピリッとした辛さが好まれるはっきりとした味付けです。ヌックマムをよく使用します。東側の南シナ海に面する地域にはたくさんの漁港があり、海の幸に恵まれています。一方、西側は山脈に接し、フランス植民地時代のプランテーション農業の名残が今も続きます。コーヒー、胡椒、お茶などの高原作物が作られ、洋野菜が栽培されています。かつてのフエ王宮の料理や、中華料理のベトナム風にアレンジしたものなど、歴史を反映した食生活が残ります。
南部は、メコン川の肥沃なデルタ地帯でさまざまな食料が栽培されています。料理は暑い気候にあわせ、甘いのが特徴です。また酸味や塩気もはっきりしていて、コクのある味付けです。ココナッツミルクを多く使うのが特徴です。ベトナム南部の都市、ホーチミン市は、ベトナムの経済の中心であり、ベトナム最大の都市です。バイクや車の喧騒、商店や屋台の多さなど、そのエネルギッシュな姿は訪れる人を圧倒させるほどです。ここでは、こってりとした味付けのベトナム南部料理を味あえる他、世界各国の味も楽しむことができます。
南部料理の特徴のひとつがココナッツや砂糖をたっぷりと用いたコクのある味付けです。たとえば、ココナッツアイスは是非、試していただきたい一品でしょう。ココナッツの実のなかにアイスクリームを盛り、デコレーションが施されている楽しいデザートです。アイスを食べながら、または食べ終わったら、ココナッツの実をスプーンで削りながらいただきます。都会ならの味です。
また、ココナッツミルクを使用してその特徴的なのが、南部のバインセオです。バインセオはベトナム風お好み焼き、といった感じでしょうか。南部のバインセオは生地にココナッツミルクを入っていて、コクがあります。パリッとしたその食感が日本でも人気があります。
バインセオ同様、パリパリ感が人気の屋台食として、焼餅があります。ボッチンといいます。米粉を蒸したお餅を鉄板の上で焼いたものですが、日本の焼餅と異なり、卵でとじます。さらに大根やニンジンのなますと、ヌクマムのタレをかけます。栄養たっぷりの軽食兼おやつです。屋台によっていろいろですが、南部では油を多用する傾向が強いことから、多めの油で揚げるように焼いたボッチンは皮がパリパリして美味しいです。
ベトナムでは、特に都会の主婦は仕事を持っている方々が多いことから、朝食や昼食は外食で済ますという場合が多いようです。
そのほとんどが「屋台」・・・通勤の途中でさっと済まし、仕事に向かうという感じです。
そのため、主なメニューは時間短縮に好都合なもの・・・フォー(麺)やフランスパンのサンドイッチです。
外国の人たちに最もよく知られている麺は「バインフォー・フォー」というお米を原料にした平らな麺です。水に浸し、粉砕した米の生地を専用の蒸し器で蒸して、これを平たくカットした平麺です。
さっぱり味の鶏のスープ「フォガー」も人気ですが、現地では牛のスープで食べる「フォーボー」も人気です。
その他、ベトナムでは米以外にも、緑豆を原料にした春雨「ミェン」や、小麦粉を原料にした中華麺「ミー」も一般的です。
「ミェン」は、鶏のスープで食べる他、炒め物にも用います。一方、「ミー」ですが、特にこちらは中華系の人が多い地域でポピュラーです。卵をつなぎにした中華卵麺は一番人気です。
また、朝、フォーやサンドイッチで済ませた人も、お昼はやっぱり「白いご飯!」という人が多く、そんな人に人気なのは、家庭料理のおかずをいろいろと並べ、ちょうど日本の定食屋さんのようなお店「コム・ビン・ザン」です。
数種類並べられたおかず、スープのなかから好きなものをチョイスし、それを白いご飯といっしょに組み合せて食べるという形式です。
コーヒー好きの方に必見です。
ベトナムにおけるフランス統治時代の名残ではあるものの、現在ではベトナムの食生活にすっかり定着したのが、ベトナムコーヒー。
アルミニウムあるいはステンレスの穴あきの容器を使っていれます。
日本でお馴染みの紙フィルターと異なり、お湯がなかなかフィルターを通過しません。
そのため、抽出に時間がかかります。
また加えるお湯の量も少なめで、出来上がりはなかなか濃厚です。
そのためもあるのでしょう、ミルクコーヒーにして飲む人もよくみられます。
ただし、このミルクコーヒーですが、牛乳ではなくコンデンスミルクを使うのです。
コンデンスミルクというのは、皆さんもよくご存知かと思いますが、いわゆる加糖練乳です。
しかもベトナムコーヒーでは、まず先にカップの底にコンデンスミルクを入れておき、その上からコーヒーを注ぐのです。
この注ぎいれた上体で供され、飲む側はそれをスプーンでかき混ぜながら好みの甘さにしていくのです。当然・・・飲み進んで下に行くにつれ、濃厚な甘さになることは想像がつきますよね!
カフェなどでベトナムコーヒーを注文すると、たいていジャスミン茶やハスの葉のお茶がポットでついてきます。これで喉をさっぱりさせるということでしょう。
ベトナムの粉文化、特に米粉文化を代表する料理のひとつが、生春巻き(ゴイクオン)です。
エビやレタス、そのほかビーフンをライスペーパーで包んだものです。
日本でベトナム料理店に行くと、よくこれに魚醤(ヌックマム)が添えられることが多いようですが、現地の人気は味噌タレです。
ピーナッツの味噌タレが一般的です。
というのも、生春巻きは、次にご紹介する揚げ春巻きと比べ、かなりさっぱりしています。
そのため、今ひとつ、コクが足りないという印象を否定できません。
それを補うため、ピーナッツ味噌タレがぴったり、というわけです。
味噌の塩気とタレの唐辛子の辛味や砂糖の甘み、ピーナッツのコク、それに具のビーフンにはほんのりと酸味があり、これらの微妙な味が溶け合い、繊細なベトナム食文化を象徴しているのです。
一方、生春巻きに劣らぬ人気を誇るのが、揚げ春巻き(チャーズォー)です。
こちらは、ひき肉やキクラゲ、蟹肉、春雨をライスペーパーに包み、揚げたものです。
ヌクチャムといって、ベトナムの万能タレともいうべき調味料につけて食べます。
ヌクチャムは、ヌクマム(魚醤)、砂糖、チャイン(ベトナムのライム)の絞り汁、酢、唐辛子、にんにくに、水を加えて作ります。どんな料理にも合いますし、それぞれの材料の配合を微妙に変えたりして供されます。
かつてフランスの植民地統治下にあったベトナムには、今も、さまざまなフランス文化が息づいています。
食生活もその例外ではありません。
たとえば、ベトナムの朝の光景を覗いてみてください。
都会はもちろん、片田舎でも、朝は、バインミーといって、フランスパンのサンドイッチと、ベトナムコーヒーが定番です。
バインミーというのは、ベトナム語でパン全般を指します。
といってもフランス風のパンを意味することが多いです。
しかしベトナムはあくまで米文化の国ですから、主食はやっぱり「白いご飯」! 日本と同じです。
その影響もあるのでしょう、ベトナムでは麺でも米粉で作ったりします。
パンでも同様で、ベトナムのフランスパンには米粉が入っているのです。
そのため少しやわらかめのパンとなります。
さらにバインミーというとき、一般にはそのサンドイッチをイメージすることが多いでしょう。
長さ20センチほどのバゲットに縦に切り目を入れ、バターやレバーペーストなどを塗ります。
それに甘酢づけの野菜、ハム、コリアンダー、輪切りの唐辛子をいれ、さらに魚醤のヌックマムを振り掛けます。
見かけはフランスパンのサンドイッチですが、中身はいかにもベトナム風。
ベトナムの屋台や食堂で人気のファーストフードです。
共働きが多いベトナムでは、朝、主婦は大忙しです。
ベトナムでは通勤、通学途中の人が屋台でさっと朝食を食べ、それぞれの一日をスタートさせます。
フォー(麺)と同様、バインミーは、ベトナムの忙しい朝の活力源なのです。
ベトナムのおやつで、日本でも気軽に挑戦できる、体に優しいおやつは、タロイモのチューです。
伝統的なベトナムのおやつです。
「チューChe」というのは、豆、芋、穀類、果物などの素材を、砂糖や他の材料といっしょに加工した液状の甘異物の総称。自然で、身体に良い素材を使用していることが特徴です。
チューは、タロイモにもち米、砂糖、塩、それにココナッツミルクを主な材料として作られます。
ベトナムは、日本と同様、米食文化の国です。
ベトナムのもち米は日本のものよりも粘り気が少ないことから、チューを日本で作る際には、もち米とうるち米を半々の分量で作るといいかもしれません。
タロイモは、サトイモ科の芋です。
ベトナムでは、このチューの他、カレーで煮込み料理に用いられることも多いようです。
地方によって、特に南部地方では、揚げ春巻きに刻んで加えることもあります。
ねっとりとしつつ、かつホクホクとした食感が人気です。
もちもちの米の食感と、タロイモのねっちり感が楽しい口当たりの一品です。
ココナッツミルクはおなかを壊し易いとも言われますので、牛乳で代用してもいいかもしれません。
バニラエッセンスでちょっと、風味をつけるとおしゃれなデザートになります。是非、どうぞ。
その他、ベトナムでは揚げたバナナなどもおやつでいただきます。
小ぶりにきったバナナを米粉、砂糖、ココナッツミルクの衣で包んで揚げるだけです。
カリカリの衣の食感に、バナナ特有の甘さと酸味が溶け合い、バナナの天ぷらのような感じです。
ベトナムでは1個2000ドン(=14円)ほどで売られています。
ベトナム料理に欠かせない調味料が「ヌックマム」。
いわゆる魚醤ですが、これには世界各国でその国、地方ならではの味があります。
ベトナムの食卓には欠かせない調味料で、フォーなどには必ずといっていいほど添えられます。
基本的には、魚を塩に漬け込み、発酵させた調味料です。
熟成したそれは、特有の香り・・・臭気を放ち、それゆえ好みもあるでしょうが、病み付きになってしまうという人も多いでしょう。
濃厚なうまみを持ち、料理に塩味とうまみを加えます。
魚のアミノ酸やビタミンやミネラルも豊富な健康食です。
アジアではベトナムのほかに、特にタイや中国、そして日本でも独自の魚醤が作られています。
日本では、郷土料理でおなじみです。秋田のしょっつるや能登のいしるなどです。
ベトナムの魚醤「ヌックマム」は、タイのナンプラーなどと似ています。
魚を大量の塩とともに漬け込み、数ヶ月以上発酵させます。
熟成が進むと、魚は原形をとどめないほどに崩れ、液化します。この液化したものを漉して用いるのです。
この熟成の度合いや、そこに風味付けの香草などを入れることによって、地方色が出てきます。
ベトナムの「ヌックマム」は、アンチョビといって、カタクチイワシの小魚またはその塩蔵品を用いて作ります。
アンチョビは、塩蔵品は3枚におろしたカタクチイワシの小魚の内臓を取り除き、それを塩漬けにして冷暗所で熟成、発酵させて作ります。
イタリアやスペインではこれにオリーブオイルを加え、缶詰や瓶詰めにされます。
「ヌックマム」は、木製の樽に魚と塩を「10:4」の割合で入れ、蓋をしたあと、4ヶ月~1年ほど熟成して作ります。タイのナンプラーよりも発酵度が低く、魚の香りが強いものが多いのが特徴です。
一方、塩味は薄いです。
ベトナムの朝は、屋台でフォーを食べて元気一杯に学校へ、仕事へ向かう人びとの姿で始まります。
エネルギッシュなベトナムの一日を支えるエネルギー源が、「フォー」、米粉の平たい麺です。
ベトナムは、米食文化で、基本的には「白いご飯」とおかず、汁物といった献立です。
とはいえ、忙しい朝は、フォーが彼らの朝食の定番となりますし、たいていは、町の屋台や食堂でいただきます。
この「フォー」は、ベトナムを代表する米粉の麺です。
平打ちの、きしめんに似た、少しやわらかめの麺と考えていただけるとイメージがわくでしょうか?
中華麺や日本の麺が小麦粉を原料にしているのに対し、フォーは米粉と水で作るライスヌードルです。やはりベトナムの代表的な料理、生春巻きがライスペーパーであるのと同様、ここにも米食文化が生きています。
鶏や牛で取った、透明であっさりしたスープでいただきます。
具材は、鶏肉や、牛肉の薄切り、肉団子などが載ります。
ライムの搾り汁や、バジル、コリアンダーなどのハーブ類が口をさっぱりさせ、青唐辛子のピリリとした辛味が食欲を誘います。
お好みで、チリソースやニョクマムを加え、食べるときには混ぜながらいただきます。
米粉でつくったライスヌードルは、小麦で作る麺よりもカロリーが低いため、日本でも人気です。
ベトナムナムでは、フォーのほか、やはり米粉でつくったビーフンも人気です。
こちらはスープの他、海鮮などといっしょに炒め物にも使われます。
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